2009年5月7日木曜日

敦煌(トンコウ)の観光スポット

敦煌(トンコウ)の観光スポット




(トンコー)敦煌 莫高窟


莫高窟壁画敦煌の東南30キロ、鳴沙山の東側の絶壁に築かれた石窟群。窟の数は現存するものが492窟あり、現存する最古のものは第268、272、275窟の北涼窟(5世紀初頭)で、第237、248、251、254、257、259、260、263窟などの北魏窟(500年前後)第249、285、355、432窟などの西魏窟(6世紀前半)がこれに続く。その後、約1000年にわたり石窟の造営や修復が続き現状では、その様式から判断して五胡十六国9、北魏23、西魏2、隋97、唐225、五代34、宋70、西夏25、元7、に時代分けされる。内部は石質が粗い礫岩であるため、四壁と天井を漆喰で塗り、その上全体に壁面を描き塑造の仏像を安置している。仏像類は2415尊にのぼり、例外的な石彫を除き鮮明な彩色が施されている。


(トンコー)敦煌 楡林窟


楡林窟敦煌から170キロ、車で2時間半、三危山の麓、楡林河の両岸にある仏教石窟。東壁に約30窟、西壁に11窟が現存し、うち29窟に壁画がある。唐、五代、西夏、ウイグル、宋の時代に開掘され、その様式は莫高窟に似ている。2、25窟など、ほの暗い中で懐中電灯を当てる、その中に色鮮やかな普賢菩薩が浮かびあがり、一瞬息が止まるような美しさだ。誰もがこの美しい壁画を後世まで残したいと強く感じることであろう。


(トンコー)敦煌 鳴沙山


鳴沙山市街南6キロのところに位置する砂山で、以前は神沙山と呼ばれていた。風が吹くと音をたてるので「鳴沙山」と呼ばれるようになった。「晴れた日に風が吹いて砂が流れると管弦や兵馬が打ち鳴らす太鼓や銅鑼の音のように聞こえる」とも言われている。『史記』には、「天気がいいときは音楽を奏でているようだ」とも記載されている。鳴沙山はすべて砂が堆積してできたもので、東西の長さは40キロあまり、南北の幅は20キロあまりもあり、山峰は険しく、その最高峰は250メートルある。山腹に水波状の砂紋がある。山頂から滑りおりると、砂礫が音を立てて一緒に落ちてくる。この砂漠地帯は昼夜の温度差が激しく、日中は砂が熱くて登ることはできない。そのため市内からのツアーは日没に合わせて組まれていることが多い。夕日の中で金色に輝く姿は、昼間とは別世界のような幻想的な美しさだ。


(トンコー)敦煌 月牙泉


月牙泉牙泉は鳴沙山の北麓に位置する三日月形の湖。別名薬泉ともいう。以前は、今の約5倍の大きさだったといわれている。2000年という時を刻みながら、絶えることなく沸き続けているといわれ、透明な美しい水をたたえている。砂漠の中にあって実に不思議な存在である。古来、仙人が住む場所として寺院が建てられたこともあったようで、現在でも対岸正面に立派な寺が建っている。また、月牙泉の砂丘すべりは厄除けとして知られている。


(トンコー)敦煌 陽関


敦煌に2つある関所のひとつ。中国では北を陰、南を陽と呼ぶため、南側の関が陽関と名づけられた。長年の風砂にさらされ、現在では壁の基底の痕跡がわずかに残るのみだ。唐代の詩人・王維が詠んだ「西のかた陽関を出ずれば、故人無からん」という詩は、西域へと旅立つ友人へ送った歌である。


(トンコー)敦煌 玉門関


敦煌玉門関陽関と並び西域・天山南路へ通ずる重要な関門であった玉門関は、古来より異民族との攻防の地として漢詩にもよく詠まれており、唐代の詩人・李白がこの地を詠った「漢は下る白登の道。胡は伺う青海の海。由来征戦の地。見ず人の還るあるを・・・」という詩も有名である。シルクと玉石が交換された玉門関は今も城壁が残り、玉門関を守る屯田兵たちの食物倉庫だった河倉故城や漢代長城遺跡と共に、古代シルクロードの盛衰がしのばれる。


(トンコー)敦煌白馬塔


敦煌白馬塔

 


世界史に出てくる唐の高僧、鳩摩羅什が敦煌を訪れた時にその白馬が死んだため、人々が馬を埋葬したという伝説がある塔(ストゥーパ)。現在の敦煌の街は清代にできたもので、白馬塔は旧敦煌城遺跡の中にある。

 




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